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正負

優劣

勝敗

善悪

貧富

東西

南北

左右

上下

内外

なんだか、漢字の反意語のテストみたいですが(^^;)

だけど、世の中、相反するものが対になって成り立っているような気がします。

だから、正解は一つのはずだと思って、その答えは一つでないことが多いのかなと思います。

少なくとも、どんな物事にも最低でも答えは二つはありそうですね。

どちら側の立場になるかで、その正解は真逆になると思うので。

なのに、1つの正解を追い求めれば、当然、いざこざや争いが起るのでしょうね。

昔、すごく自分に自信を持っている人に会ったことがあります。

知り合いの知り合いで、私は、会ったのは一度だけ。

だけど、その一度がとても印象に残っています。

(個人が特定されないようにフェイクを足します。)

その人は、成功者の住むエリアの高層マンションの高層階のとても広い部屋に住んでいるそうです。

1ヶ月の家賃は、数十万?いやもっとだったかもしれません。

そして、高級車を複数所有してるとも言っていました。

とても、自分に自信がある人でした。

同じマンションには、有名人も多数暮らしているとも言っていました。

若くして、成功を手にしたエリートという自負に溢れていました。

この人は、すごくもてるだろうなあと思いました。

だけど、よくよく話を聞いていると、

「女は、すぐに俺の収入や会社名を、詮索してくる奴が多くていやだ。」

と言っていました。

だけど、この人が、自分の住んでいるマンションの家賃や所有物や、

仕事の内容なんかを、これ見よがしに話すから、みんな聞くのではないか?と思いました。

要は、匂わせるから。

とにかく自信のある人で、自分は選ぶ側だという意識の強い人だという印象でした。

そして、私が、こんなにこの人のことを覚えているのは、忘れられない一言でした。

「あなたが、そんな(惨めな)人生なのは、大した努力をして来なかったからですよ。」

初対面なのに、この強烈な一言があったから、よく覚えています。

その人の背格好や声は忘れてしまいましたが、その一言だけは忘れられずにいました。

その当時、私は、派遣で働いていて、派遣の契約が切れれば無職となるとても不安定な身の上でした。

そんな不安な気持ちや自身の無さが、表に現れていたのだと思います。

だから、そんな強烈なパンチを心の柔らかい部分にお見舞いされてしまいました。

初対面の私の人生を全否定でした。

だけど、自分の不安定な身の上を思って、確かにそうなのかもしれない。

努力が足りなかったのかもしれない。と何も言い返せませんでした。

そして、何日もその言葉に思い悩まされました。

本当は自信のない人だったのかも。

その高学歴で高収入の経済的成功者からすると、私は努力の足りない人だと思います。

だけど、相手を貶めて、自分が優位に立ちたいというその人は、今思えば、本当は自信のない人かもしれません。

そもそも、初対面の人に、自分の年収を匂わせてみたり、住んでいるエリアや家賃や所有する車の話をするものでしょうか?

私は、そういう人に出会ったのは、後にも先にもその人だけです。

だから、他人から、すごいと言われて、その他人の反応に自分の優秀さや裕福さを認識して、自信に変えていたのかもしれません。

本当に自信のある人は、お金が無くても、良いところに住んでいなくても、たぶん気にせず幸せな人だと思います。

最近、メンタリストの失言のニュースを見て、久しぶりに、その彼のことを思い出しました。

やっぱり、今でもそういう人いるんだなあって思って。

だけど、それだけの学歴や良い会社、良い収入が得られたのは、能力や環境に恵まれていたというところが一番大きいと思います。

そして、そこに努力が加わったかもしれないけれど、どの条件が欠けても、その人は、そんな風にはなれなかったと思うので。

本来、他人を貶めるよりも、そういう恵まれた環境や能力に感謝して人に優しくする方が幸せになれる気がするのですが。

だから、人が聞いて嫌な気持ちになることを言ってしまうような人は、本当な自信がなくて、満たされない人なのかもしれないと思いました。

自尊心は高いけど、それと同じくらいに承認欲求も強い人だったのかもしれないと今なら思います。

諸行無常の理(ことわり)

たまたま、今話題のメンタリストも、この彼も、優劣でいうところの優の方に居ます。

そして、貧富でいうところの富。

また、勝敗で言えば、勝。

この人達が、自分達を優と思えるのも劣の存在があるから。

また、富と思えるのも貧の存在があるから。

勝敗もまた同じく。

だけど、人生なんて、何が起こるか分かりません。

昨日と同じ明日が来るなんて、なんの補償も無いことです。

貧だった人が富の立場になるかもしれません。

また、負け込んでいた人が急に勝者となるかもしません。

同じ毎日が続くなんて、それは幻想でしかないんです。

実際、コロナウィルスが蔓延してからの私達の毎日は、それまでと一変しました。

私も厳しい毎日が続いています。

今思えば、それまでの日々悲喜こもごもありましたが、平穏無事な日々だったと思えてきます。

諸行無常という言葉があるように、変わらないものなんて無いですからね。

昨日まで、裕福だった人も、急に貧しくなることもあります。

それまで、鳴かず飛ばずだった人が、大活躍する事だってあります。

本当に、未来のことなんて分からないです。

だから、今辛い思いしてても、未来には、笑ってる毎日が待っている可能性だってあるわけです。

思うのは、自由ですから。

楽しい毎日を想像するのはタダですよ。ノーリスクです。

メンタリストのニュースで久々に思い出した出来事でした。

もし、あの頃と同じように、痛烈な一言を今言われたらどうするでしょうね。

今の私なら、何て言って反論するでしょうね。

やっぱり、反論しないと思います。

ただ、心の中で、可哀そうな人だなって、冷笑して終わりにします。

そもそも、そんな人に今出会う確率が低すぎて想像できません(^^)

だけど、最近、かつての出来事を思い出すニュースが多くてびっくりしています。

また、ご紹介する時には、フェイクを入れてご紹介します。

今回も、事実に基づいたフィクションです。

コラムに登場する人物は、10年以上前に出会った人々です。

今現在の私の人生及び人間関係とは一切関係ありません。

今日も、お読みいただき、ありがとうございました。