゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+
愛あふれる心優しいあなたへ。
いつも、ご覧いただいてありがとうございます(﹡ˆᴗˆ﹡)
゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+゚・。+。・゚・。+。・゚・。+。・゚・。+

今日は陰キャ全開で行こう。(いつもだけど)

子供の頃に、ほぼ毎日お願いしていたことがありました。

明日、学校に行かなくても良くなりますように。って(笑)

onegai

集団行動が苦手です。
人と同じようにできないので。
特に、体育。

走るのも遅いし、
力も弱いし、
球技も、
水泳も、全部苦手です。

だから、たしか、体育の成績で1になったこともあったと思います。(黒歴史)

できない=やる気がない

という評価をいただいてきました。

だけど、

できないんだから、やる気もなくなります!

体育ができると、人気者になれる。
そして、体育ができる子は勉強もできたりする。
しかも可愛かったり、かっこ良かったりしたんです。
みんなに認められて、人気者。

勉強が出来なくても、ヤンキーは運動神経が良い。
そして、可愛かったり、かっこ良かったりもした。
今も、ヤンキーってモテるんですか?

どっちにしても、認められてきた人が、会社や組織の中で頭角を表して、出世して行くんだろうな。
それか親が権力者とか(笑)

スクールカーストのヒエラルキーってその後の社会生活のヒエラルキーにそのまま投影されるのでしょうか?

友達100人できるかな。できねーよ!(怒)

小学校1年生の入学式で、元気いっぱいに歌ったような。

友達100人できるかな。

正直に言うと、当時からできる気がしませんでした。
そして、今も100人も友達いません。
知り合いを併せても、多分3ケタにもなりません。

友達100人できるかな。

うん。できない!(できる人もいるよね)

そんな私なので、もし、今、小学生だったら、と想像してみます。

明日、学校、行かなくても良いんだ♪

明日も明後日も、その次も、とりあえず行かなくて良いんだ♪♪

足が遅いことでバカにされない。
走り方が変だと笑われることも無い。
泳いで溺れてるみたいって言われることも無い。
運動神経でやる気の有り無しを計られることも無い。
毎晩嫌いな牛乳を、さらに暖めて、飲まされることも無い。←父親の方針

もう、それだけでも、気分が楽です。
このまま、学校行かなくても良いんだったら、このままでも良いな。
きっとそう思って家で過ごしています。

大人になったら、足の速さは関係無かった!

体育だけではないですが、子供時代はシビアな時間でした。
なので、大人になった今、私を励ましてくれる思い出は一切ないです(笑)
思い出すと、悔しさや悲しさ、やりきれない。という気持ちでいっぱいになります。

本当に、楽しい記憶が全く思い出せないんです。

今の時期に日向で祖母と食べたイチゴの美味しさくらいかな。
でも、あれは小学校に入る前だし、友達との思い出でも無かった(笑)

だけど、あんなに重要視された運動神経ですが、大人になると全く重要視されないんですよね。

「わたし、クラスで一番足が速かったんです。」
「そうか、それなら、君の会社と契約を結ぼう!」
商談成立!ってなりませんからね。

「僕は、走り幅跳びが得意です。」
「わかった、君を信頼しよう!」
とも、絶対、なりませんからね。

それに、私くらいの年になると、何もしないと運動能力はどんどん低下して行くと思います。
特に、クラスで一番足が速くてモテていた男子が、
既にメタボって、当時の面影は5%くらいになっている可能性だってあります。

とにかく、足の速さで評価されるということは、大人になったらほぼ0%。

プロのスポーツ選手やオリンピック選手になるなら別ですが、普通に生きて行く分には、必要ない。

履歴書に、100メートル何秒で走れるかを記載する欄は確か無かったと思います。
(ちなみに、私は学生時代、50メートルを12秒くらいで走っていました。)

だから、あんなに悩んでいたけど、その後のより長い人生では、全く必要無いし、
人からの信頼度にも関係しないんですよね。

それが現在進行形のことの場合は、深刻になってしまうけど、
だけど、いつかは過ぎて行くし、全然必要じゃないし、無縁で生きていける。

足が遅いくらい、全然大したことじゃなかったんだなあ。

だけど、そこに気付くのは、先の話だけど。
まあ、長く生きてから、気づくのでも良いんではないでしょうか?

あえて、こんなこと書くのも、やっぱり成功体験が子供時代に少ないと、
どうしても自信ってなかなかつかないと思うんです。
つまり、自分をなかなか信頼できない。

それに、大人になってから成功している人って、
子供時代から、特別枠なんじゃないか?っていう思い癖もなかなか消えません。

自己肯定感の低さから、自分を責めてしまうし、そして、他人を責めてしまう。
その繰り返しの中で生きると、自分を取り巻く世界はずっと刺々しいし、優しくない。

確かに、ずっと優れてきた人は、自分を特別だと思っているし、自信に満ち溢れて、同じ人間じゃないと思って圧倒されることもあります。
そういうこと、無いですか?
私は、そういうことが、いまだに本当によくあります。(人間が小さいので)

あまり、深刻に受け取らないで欲しいのですが、
私が人の親になったら、やっぱり、私の運動神経が遺伝して、
すごく嫌な思いをして、自信を無くしてしまうんじゃないかな。
とか、いらん心配をしていました。
まあ、子供はいないので、本当にいらん心配なんですけど(;^_^A

たまに、子供がいないことを、すごく気の毒がってくださる方がいるので、今日はちょっと書いてみました。
実は、全く悩んでいないんですけどね。

でも、まあ、とにかく、自分をちっぽけだと思って、自分からその可能性の枠を狭める必要はないんじゃないでしょうか?

まだ、この先の未来のことなんて分からないですからね。

もしかしたら、この先の世界では、もっと陰キャがfeatureされるかもしれない!
もっと、自分の特質を生かせる世の中が来るかもしれないです。
それを見ずに死ねますか?っていう話です。

ちなみに、陰キャという言葉は、去年、来ていただいた学校の先生から教えていただいたんです。
もっと、そういう子にも、光を当ててあげたいって。
元気出ましたよ。
小学生の私も、私の中で聞いていたと思います。
生きててよかった。と思えた瞬間です。

だから、ますます思いました。
足の速さとか、マジで関係ねーわって。

友達100人もできなくていいわって。

おそらく私は、この自粛期間中に誰ともzoom飲み会とやらをしないと思います。
自粛期間の前から、私が講座を受講することはありましたが。
なんか、よく分からなくて一人でパニックってました。

そして、最近気づいたことは!
別のカメラを買わなくても、このPCにカメラが内蔵されていたという衝撃の事実!
カメラ、買わなくても良かったのか。。。アナログ人間。。。

そして、内蔵カメラの調子を確認するために、
試しに一人でミーティングを開き、背景を変えてみたら、
背景と同化して、私の姿が消えました。つまり私が背景の一部にΣ( ̄ロ ̄lll)
そんなに、私、存在感無い(^^;)?

と言う訳で、オンライン講座を自分で開くには、まだまだ道程が遠そうです。
そんな私を忘れずにいてくださると嬉しいです。

今日もお読みいただいて、ありがとうございました。
楽しくても楽しくなくても、今日を生きて未来を迎えましょう(^_-)-☆