弥生三月。
桜の満開から、あっという間に散り始めましたね。
桜の季節は本当に短い。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

(やっぱり、日本語は縦読みの方が良いですね(^^;)こういう和歌の時は特に。)

上の和歌は、百人一首?かな?
私は、上の句しか覚えていなくて、さっき下の句を調べました(笑)

世界三大美女の一人、小野小町さんが詠まれたそうですよ。残りの二大美女の二人は・・・知りません!

和歌で花という場合は、桜を意味するそうです。(高校時代の古い記憶)

その桜に、小野小町さんは自分を投影されて詠まれたとか。

『桜も見頃を過ぎれば、あっという間に散っていく。私の美貌もこの桜のように、どんどん衰えてしまったわ。この世は、なんて残酷なのかしら(ため息)(/ω\)』

というような、気持ちを表していると当時、古文の授業で習ったような記憶があります。
旧石器時代ほどの昔の話です。あ、平安時代より昔になってしまった(^^;)

で、その時に、高校生だった私は思いました。

「小野さん(小野小町をクラスメイトだったらこう呼んだと思います)とは、友達になれそうにないな。」

きっと、綺麗で頭もよくて、クラスの中心人物になるであろう小野さん。
そして、自分の容姿が他の人よりも整っていて、それによって多くのアドバンテージを得ていることに気付いていらっしゃる小野さん。
おそらく、自信に満ち溢れた立ち振る舞いをされていらっしゃる小野さん。

ちょっとくらい高飛車でわがままでも許されてしまう小野さん。
そのまま、年を重ねてしまった小野さん。

いと哀れなり!w( ̄▽ ̄)w

なんて、冗談です(笑)
(※古文でいうところの「あわれ」は、趣きを感じるという意味で、この使い方は正しくないかな?)

美の基準を自分の生まれ持った外見に持ってしまうと、確かに年齢を重ねるごとに苦しくなってしまうかもしれません。
必要以上に傷ついたり、苦しくなることもあるように思います。

若さを追い求めたとしても、時を戻すことはできない。
今後、科学が発達して、時間を巻き戻せる時代が来るかもしれない。
だけど、現時点では不可能。

そして、それに執着することで、表情が険しくなり、美しさから逆に遠ざかっていくように思います。

最近、いろいろな年齢の境遇の異なる女性とお話しする機会を持つようにしています。
まだまだお若い方、逆に、人生の先輩にあたる年代の方。

そして、素敵だな。またお会いしたいな。と思う方にはいくつかの共通点がありました。

美しい人は口角が上がっていました。

お話していて、この人素敵だなと思った人の共通点は、ありきたりですが「笑顔」でした。
その人を思い出した時に、笑っている顔が思い浮かぶ人。

楽しくないのに笑えない。
深刻な気分の時は、笑えない。

確かにそうだと思います。
だけど、こんなことをおっしゃる方がいました。

『楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しくなるんだ。』

笑っているうちに楽しくなってくるというような意味だと思います。
だから、笑ってみる。
気持ちを込めなくても、口角を上げてみる。
それだけでも、笑っているように見えます。
(映画のJOKERほど、上げなくて大丈夫ですよ!さすがに不自然💦)

むすっとした顔の人に、あまり近づきたいとは思わないですが、笑顔の人からは笑顔が広がります。
そこから、縁や運が運ばれてくることもあります。

特に年齢を重ねた時に、穏やかに微笑んでいらっしゃる人は、きっといろいろな経験をされて懐の深い方なのでは無いかと想像できます。
実際には違うかもしれませんよ(笑)
だけど、笑顔でいらっしゃるだけで、この人の人生は充実していらっしゃったんだろうな(*^^*)って思えます。

だから、口角が下がったと思ったら、意識して口角を上げてみてください。

なかなか笑顔になれない時に思い出す言葉があります。

女の人は、自分が充実していると思って生きていれば、人もそう見てくれる。
自分で自分を引き立てるたくましさがなければいけません。

98歳で亡くなられた作家の宇野千代さんの言葉です。

いろんなことが人生に起こります。
ですが、たくましく、かつ「美しく」ありたいものですね。

口角を上げるときは、口元よりも頬を上げようとした方が、自然な笑顔になりますよ(^^♪