昔、オフィスで働いていた頃、コピー用紙で指先を切ることがありました。

意外とコピー用紙は鋭利な刃物のようです。

そんなところでケガすると思ってないので、

指先なんかを切ると、意外と痛いです。

地味に痛いです。

結構、痛いです。

だけど、地味な傷なので気づくと、その切り傷のことを忘れてます。

そして、手を洗ったり、お風呂に入ったりするときに、「痛っ!」てなって、

ん?なんだ?そうだ、コピー用紙で切ったんだって思い出すんですよね。

地味な傷は、地味なのに意外と痛い。

切り傷みたいに、ちょっとした言葉が心に引っかき傷を作る時、

相手は悪気はないんだから、気にしないでおこう。

とか、自分の気持ちをごまかしがちですが、そうすると

コピー用紙で切った切り傷みたいに、忘れて過ごしても、

ふとした瞬間に痛み出して、まだ傷ついていることに気づく。

相手に悪気が無くても、傷ついたというのが正直な気持ちだから、

そこはごまかさず、痛いなあ、痛いなあ、って傷を自覚して、

ちゃんと直さないといけません。

相手に悪気が無かったかどうかも、わからないし。

悪気があったかもしれないし、でも、確かめようがないから、

せめて、自分の気持ちはごまかさず大切にしましょう。

無記名や匿名の時に、平気で酷いことを言って傷つける人もいるものです。

また、名乗らなければ、平気で人を批判したり悪く言える人がいること、

笑顔の下に隠れた残虐性に恐怖を覚えます。

おおげさだね。と言う人もいるかもしれません。

だけど、私は、そういう行為には傷つくし、そういう人とは関わりたいとは思えません。

だけど、そういう人と出くわすこともあるのです。

そういう人は、正体を明かしては何も言えないし、何もできない人です。

それは、ただ単に、

卑怯で、弱い人です。

可哀そうに。。。

私は他人から可哀そうと言われることが嫌いです。

だから、人にも絶対に使いません。

相手を下に見てとても無礼な言葉だと思うので。

だけど、そういう人には平気で使えます。

可哀そうに。

とても可哀そうな人です。

教養とは、知識の量ではなく、人を思い遣る心だ。

随分前に聞いた言葉ですが、とても印象に残っています。

どんなにその分野の専門知識があり、経験があろうとも、

分別のつく大人なのに、何も分かっていない子供のように

不用意に言葉を発して、人を傷つけて平気な人は教養の無い人です。

そういう人に出会う度に、そうならないよう気を付けようと思えます。

コピー用紙で切った指先のように、地味に不意に痛みます。

人を傷つけずに生きるのは無理かもしれません。

だけど、わざわざ人を傷つけようと思う「教養の無い人間」に成り下がらないように生きていきたいと思います。