子供の頃から競争を強いられて、優劣を競わされる。

そんな社会に生きてる。

勝ち続ける奴は、ほんの一握りで、気づくと敗者になってる。

少し負けが続くと、それで自分は全部だめだと思ってしまう。

「やっぱり、自分はダメな奴」

確かにそう思いたくもなる。

だけど、ほんとにそうなのかな?

勉強ができなかっただけで人生が終わるのか?

スポーツができなかっただけで、人生の勝負に負けたことになるのか?

友達が一人もいなかっただけで、社会的に価値がないのか?

そんなに、自分はダメな奴なのか?

んな訳ないよね。

そんなこと自分が一番分かってるはずでしょ。

私は、子供の頃からたくさんの「ダメ」認定をされてきた。

「大人しすぎるから、社会では生き残れないよ。」

「太ってる子は、根性が無いから何をやらせてもダメね。」

「真面目だから今はついて来れてるけど、知能は低いわね。」

そんな言葉をたくさん受けてきたの。

誰から?

学校の先生からだよ。

子供の頃から、たくさんの呪いの言葉

「あなたはダメな子」をもらったんだけど、

何十年経って、そんなの全部、ウソじゃん!って思うし、

今、それを証明してる。

今もおとなしい方だし、騒ぐのは苦手。

だけど、社会から抹殺もされずに毎日生きてる。

子供の頃病気をして一時すごく太ったんだけど、気づいたら痩せてた。

でも、太っても痩せても、私は私だから。

それから、痩せたところで、私に根性はない(笑)

頭は良くないのは言われなくても知ってる。

でも社会生活を送る上で、問題の無いレベル。

だけど、知らないことも多いから分からないことは人に聞く。

知ったかぶりせずに、教えてくださいって言える。

私にはダメなところがたくさんあるし、

ダメすぎて死にたいと思ったこともあるけど、

死ぬほどでもないって気づいた。

そんなことで死んでたら命がいくらあっても足りんわ。

だから、ダメをさらけ出して生きてる。

ダメを隠そうとすれば、そこを暴こうとして、

ダメがばれた時に、傷つくこともあるかもしれない。

だけど、初めから、ダメなところがあることを知ってれば、

そこを人に攻撃されたところで、そんなに傷つく必要はない。

大体、人を攻撃する奴ほど、自分のダメなところを隠したくて仕方が無いんだから。

だから、ダメな奴として堂々と生きればいい。

間違っても、ダメなところを補おうと、得意を作ろうなんて思わないこと。

そんな張りぼての得意は、すぐにメッキがはがれるから。

自分のダメな部分を認識して、そのまま楽しく生きればいい。

勉強ができないから、楽しんじゃいけない。

スポーツができないから、喜んじゃいけない。

友達がいないから、幸せを感じちゃいけない。

もし、そんな風に感じるとしたら、それは勝手に自分で作ったルールだから、

好きな時に、好き放題、そんな呪いで作られたルールは壊してしまえばいい。

いっそ、その言葉を放った人を、一人残らず熱湯で茹でてもいい。(想像の中でやってね)

だけど、

私ダメなんです。って言いながら、

人から、

そんなことないよ~。

って、言ってもらうのを期待するのはやめること。

まあ、女の子は、そう言いがち。

そして、みんな優しいから、

そんなことないよ~。って言ってくれる。

でも、そんな風に友達に気を遣わせるのはやめよう。

そういうのは、友達からしたら毎回だときついし、

それは、本当は自分のこと全然ダメって思ってない証拠。

本当はダメじゃない自分を期待してる。

本気出したらすごい自分が表れることを期待してる。

でも、全然、すごい自分がみつからないから、

謙遜するふりをして、

他人に、そんなことないよ~。って言わせる。

他人を使って、ダメな自分を受け流そうなんて、卑怯だと思わない?

自分にいつまでウソつくのかな?

ダメでいいのに。

ダメだから、いいのに。

誰かにとって許しがたいことでも、

誰かにとっては、それって最高!って思われることもあるよ。

まだ、そういいう人に出会ってない?

だったら、もっと広い世界に飛び出してみるといいよ。

自分の世界観の外のもっと広い世界へ。

だから、

自分のダメさは自分で受けれいて仲良くして行かないとね。

自分と仲良く。

ダメな自分でも自分だし、そんな自分と仲よくしよう。

完璧な人なんて一人もいない。

完璧に見える人は、ほんとは不安でいっぱいなんだから。

ダメで良いんだよ。

そのダメが魅力でもあるんだよ。

それから、ひどい言葉を言う先生ばかりじゃない。

たまたま、私の出会った先生達がそういう人達だっただけ。

子供の幸せと将来の為に、真剣に向き合ってる先生がたくさんいることも知ってますから。