学校という狭い枠の、更に閉ざされた教室。

教室の中でさえ「社会」があって、その中でいろいろ学ばされる。

勉強、

スポーツ、

芸術、

人間関係、

特に人間関係は狭い枠の中だから、流入流出も少なく、複雑で陰湿で逃げ場がない。

その中で、当然、気の合う同士もいれば、気の合わない奴も当然出てくる。

どうしても、はじかれてしまうことだってある。

「好き」や「嫌い」は、当然、誰にでも備わった感情。

もしかしたら、本能レベルで反応してしまう条件反射なのかもしれない。

だから、その気持ちを持つのは自由。

だけど、「嫌い」だからと言って相手をきずつけて良いわけではない。

「嫌い」が人を傷つける理由にならない。

有識者(いじめの専門家?)も言う

「いじめは現代の病だ。」

「いじめを解決するために各自治体でも力を注いでいる」

「遡及的速やかに解決が急がれる」←ほぼ意味不明。

そして、子供に

「いじめは良くない。」

「いじめられてる子がいたら助けるように」

と建前だけのきれいごとを言う。

でも、テレビやネットでは平気で人を傷つける。

匿名で、人の心をえぐる。

そして、メディアも「今年の嫌いな〇〇ランキング」を出して、

匿名の奴らの、その嫌いな有名人がなぜ嫌いなのかをご丁寧に理由を載せる。

信ぴょう性のないうわさレベルで嫌いになられて、悪口を言われて・・・。

有名人だから、悪口を言われても傷つかないのかな?

有名人だから、言われてるうちが花と割り切れるのかな?

そうなのかな?

同じ人なのに?

心って誰にでもあるよね?

悲しい。

悔しい。

酷い。

そういう気持ち誰でもあるのにね。

子供にいじめをダメだと言いながら、公衆性と言論の自由を盾にいじめを正当化してないか?

SKAI NO OWARI の「天使と悪魔」を聞くといつもそんなことを思う。

いじめは正義だから

悪をこらしめてるんだぞ。

そんな風に子供に教えたのは

ぼくらなんだよ。